建築家石出和博が心で見た日本の美しさを写真とエッセイでつづった日本のかたちとこころを癒す叙情詩・こころ紀行



花桃
台風の進路が気になって朝早く目が覚めた。
朝から大荒れになるはずだった予報が外れたのだろうか、 東の空の早い雲の流れに、少し明るい隙間が見える。
風が強かったり、雨がつづくと建築の現場が気にかかって、 いつも早く目が覚める。
今日はだいじょうぶだった。ホッと安心して庭に目をやると、今年はいつもの 年よりたくさんの実を付けていたか花桃が庭一面に落ちているのに気づいた。
十七年前、我が家の新築祝いにと、いただいた苗木が三メートルぐらいに 成長したものだ。 一度邪魔になるから切ろうかと話をしていたら、それが聞こえたのか、 その年からいっぱい実をつけるようになった。
朝の光に照らされて美しく白く輝いて見える。 カメラを持ち出してシャッターを切っていると、娘がヒョッコリと顔を出した。 「きれいだろう。」と言うと、どこが、と一笑された。 この風雅心が分かるにはまだまだ年月がかかるだろうと思いながら、 しかしこれからますます忙しい現代人に、そんなゆとりがもてるだろうかと思った。
 「世界は不思議に満ちた精密機械の仕事場。
 あなたの足は未見の美をふまずには歩けません
 たった一度何かを新しく見てください
 あなたの心に美がのりうつると
 あなたの眼は裏空間の外をも見ます
 どんな切なくつらく悲しい日にも
 この美はあなたの味方になります」
風雅を愛した高村光太郎の目には、世界がもっと美しく映っていたことだろう。




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