建築家石出和博が心で見た日本の美しさを写真とエッセイでつづった日本のかたちとこころを癒す叙情詩・こころ紀行



花は桜木
ある花の写真家に言わせると、桜の花を写すのが一番むずかしいそうである。
ましてや趣味で写す私にはうまく撮れたためしがない。
私の育った田舎の家の敷地には、金比羅があって境内には山桜の木がたくさんあった。
春になると一斉に花を付け、一瞬に散っていった。
いま思うとなんと贅沢なことだろうと思うのだが、子供の頃にはその良さがわからなかった。
年を重ね、四十代に入ったころから私の心の中で桜に対する思いが強くなりはじめた。
時間をみつけては、土日の一泊を使って桜の名所へ出掛けるようになったが、しかしいつだって遅いか、早すぎるかで一番美しいときに出会うのは難しいのである。
京都で桜守をしている人の話だと、花が一番美しい表情を見せてくれるのは、ほんの数時間だと言っていたことがあるが、それほどはかない一瞬の輝きと、潔さは魔性にも似たあやしい美しさを秘めている様に見える。
花は桜木、と日本人の気質によく例えられるが、爛漫と咲く花びらが、風が吹き、冷たい雨に吹雪となって一斉に散る様を、あらゆるものは空である、という仏教の教えにだぶらせて言っているのであろう。
そしてそれを感じられるようになると、若いころには見えなかった、さくらいろの風情に心惹かれるようになる。
その心の底を写すことができなければ、桜の花をうまく撮ることなどできないのかもしれない。




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