建築家石出和博が心で見た日本の美しさを写真とエッセイでつづった日本のかたちとこころを癒す叙情詩・こころ紀行



春のにおい
ふきのとうが芽を出し、空気がやわらかい風を運んでくるころになると、なにかを無性に始めたくなる。
この季節、農家の家々では、一斉に馬糞や敷わらの堆肥を馬そりに積んで、たんぼに運び出す作業が始まった。
日の出る前の硬雪は、馬の蹄さへ沈まないほどカチカチになり、ピーンと張った朝の空気に思わず身が引きしまった。
馬そりに積んだ堆肥からはモウモウと湯気が上がり、長靴を通してその暖かさを感じることができた。母はゆでた大豆をわらに包んでその熱で納豆を作ってくれたが、ビニールできっちりと包んでおかないと食べるどころではなかった。
日が昇りはじめると一時間ぐらいで硬雪が緩み、その日の作業は終りとなるが、すがすがしい春の景色の子供の頃の思い出である。
そんな春のにおいを今はすっかり忘れてしまった。
世の中がすっかり変わってしまい、ありとあらゆるものがおかしくなった。
いや 、やっとほんものの時代をむかえたのかもしれない。
「どんなに時代が変ろうと、
どんなに世界が移ろうと、
人の心は変らない、
よろこびもかなしみも、
いつもみんなもっている。
だけどだけどこれだけは言える、
人生とはいいものだ、いいものだ。」
そのころ森繁久弥が歌っていたテレビの連続ドラマの主題歌を思い出す。
たしかこんな歌詞だったと思うのだが。




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