建築家石出和博が心で見た日本の美しさを写真とエッセイでつづった日本のかたちとこころを癒す叙情詩・こころ紀行



ノブナガ
わが輩は猫である、名はまだ無い。
きのうも玄関先のゲートの上で一日を過ごした。ノラになって長いが、一月の大雪の時不覚にも縄張り争いに敗れ、この家の車庫に身を隠しているところを見つけられた。
蹴飛ばされるかと思ったが、何日も飯を食っていなかったから逃げ出す力も出なかった。
ところが何を思ったのか、この家の奥方がカリカリの猫飯と水を与えれてくれた。
地獄に仏とはこのことかと気を許したのがいけなかった。気がついたら病院とやらに入れられ、注射をされ、ついでに大切な玉玉まで取られてしまった。
主人の家にはミーシャーという洋風のすましたメス猫がいて、めっぽう気が強く気にくわない。昔なら一撃で押さえつけただろうが、どうしたわけか、下半身に力が入らないのだ。
わが輩のシッポは蝦夷一番だと主人はそれをえらく気に入ってくれた。
主人の尊敬している昔の野武士のチョンマゲみたいだと言って、ノブナガ、ノブナガと呼ばれるが返事をしてやったことはない。
この家には狛犬の置物がたくさんあって、何時しかわが輩も宝の玉を持たされて、剥製にされるのではないかと心配になるが、一宿一飯の義理だけは努めたいと、きょうもゲートの上で主人の帰りを待ち侘びているのである。
猫にだってこころのよりどころが必要なんだ。




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