建築家石出和博が心で見た日本の美しさを写真とエッセイでつづった日本のかたちとこころを癒す叙情詩・こころ紀行



津和野の狸
津和野で骨董屋巡りをしていたとき、店の隅にある信楽の狸が目に止まった。
四十年ぐらい前のものだと店主が話していたが、ほこりをかぶってすっかり忘れられたように置かれていた。
三十代の頃、古美術を愛好していた木材屋の知人の店先には玄関から座敷まで、無数の書や、骨董品がころがっていて、それを見るのがたのしみだった。
そういう雰囲気に、はじめて出会った私は目をかがやかせて古備前や信楽の壺に魅かれていった。
「骨董の収集は遊びごころでやるもんで、金にまかしてやるもんじゃないんだ。」
いつもそんなことを話しながら目をほそめて解説してくれた。
骨董には、人の心を洗い清める力がある。新しいものほど良いという価値観を知らず知らずのうちに植えつけられてきた時代。もううんざりしてしまって、古さとか年月とかいうものが、どれだけ財産か。
幸福感とか、充足感というものが、そんなところに生まれてくるのではあるまいかと、思うようになった。
旅に出る楽しみのひとつに、骨董屋巡りがかかせなくなったが、遊びごころを磨いているうちに、いいものがピカッと光ってわかるようになった。
あんまり愛らしいので遊びごころで連れて帰った津和野の狸は、家を訪れてくれる人達にお元気ですかと声をかけ、おかえりなさいと迎えてくれる我が家の一員におさまっている。




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