建築家石出和博が心で見た日本の美しさを写真とエッセイでつづった日本のかたちとこころを癒す叙情詩・こころ紀行



まっすぐな道

忘れられない人がいる
書の野人と呼ばれている新井狼子(あらいろうし)先生との出会いだ。
数年前私が主宰していたギャラリーで狼子先生の書画展を企画した時、先生は埼玉から駆けつけてくれたのだった。
七十をとうに過ぎているのだろうが、目がきらきらしていて、青年のようなという形容がぴったりな人とそう思った。
高名な書道家でありながら、書家とか先生とか呼ばれることを恥ずかしがったり、自分の中の欲や得を捨てきる生き方を貫きながらも、自分を得体の知れない間違いだらけのぶざまな人間と言い切り「不器用な手が本物をつくるんですよ」と私を励ましてくれた。

「まことのこころというものは、損得ぬきでよろこびあえる世界です。なんにも無くていいんです。ほんとうによかったねといえる心のふれあいがあれば、これ以上の財産はないのではないでしょうか」
書画展での数々の作品は優しい言葉なのに、激しい修練を重ねる修行僧のような気迫に満ちたものだった。

「まっすぐな道でさみしい」
いま仕事場に掛けられている先生の書を見ていると、やさしい道を選んで通ろうとする自分に、「お前そんなんでいいんかい、もっと本物になれ」と喝破する狼子先生の姿が浮かんでくるのです。

(狼子先生は2005年1月にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします)





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