建築家石出和博が心で見た日本の美しさを写真とエッセイでつづった日本のかたちとこころを癒す叙情詩・こころ紀行



興味心

いまにも雨が降りだしそうな、どんよりした空の下、朝靄の中に弱い光が差し始めていた。
目が覚めると同時に、私はカメラを持って階段を上がった。
ここは奈良吉野、前日泊まった旅館の屋根の飾瓦が妙に気になっていたのだ。
創業70年というから、古いことは古いが、良く手入れされていて、庭の方では 落ち葉を焼く匂いがしていた。
いちばん上の避難階段に出ると、そこから屋根の上になんとか沿って出られることがわかった。
重いハッセルのカメラをたすきに担いで、音をたてない様に忍び足で登っていった。
屋根のてっぺんに出ると、瓦の隙間に生えた苔や雑草が、いっそう年月を感じさせ、思いもよらぬ芸術作品との出会いとなった。

私は建築が本業だから、建築の材料とかディテールとかが気になると、どうしても手で触れて確かめたりしないと、気がすまないところが若い頃からあった。そして、そういう興味が、物を見る審美眼を磨き、本物の建築を造り出すことの基本になっていくのだと思う。

しかし今、建築業界はその興味心を無くしてしまったように見える。庇の無い四角いサイディング貼りの薄っぺらい住宅群を作りだし、趣の無い町並みを大量に生み出している。
工業化され、合理化された商品住宅を追い求めるあまり、日本人の心の中に残っているはずの侘寂の感覚までもう捨て去ってしまうのだろうか。





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