建築家石出和博が心で見た日本の美しさを写真とエッセイでつづった日本のかたちとこころを癒す叙情詩・こころ紀行



夏の日

十代の季節を振りかえるとき、私はいつも夏の中にいる。
じりじりと肌を突き刺す光と、盆地の独特の蒸し暑さ、父の命日に汗だくになりながら二里の道を墓所にむかってひたすら歩いている…。
そんな夏の思い出が夏以外の季節を封じ込めているのはなぜなのだろうか。

父のいない農家の長男として育った私は、小学校に上がると一家の主としての自覚があった。
五人の姉と弟、母は幼い私にすがるような期待をかけた。
「僕は日本一の百姓になるんだ。」いつしか母の期待に応えることが、人生のすべてと感じていた。
小学校三年生になると、夏休みには一人で馬に鞍を付けて畑に出た。
馬小屋の桟木にのぼり、馬の腹の下をくぐって鞍を付けていたが、ある日
道産子のアオは小さな私が煩わしかったのだろう、胸をえぐるほど噛みついた。生死をさまよいやっと気が付くと、そこに母の泣き顔があった…。
日陰の無い畑の野良仕事は、子供にとって地獄の場所だった。じりじりと刺す太陽、それだけが鮮明に残る。

今年も夏の一日、いつものように父の墓所へ行った。
いま母と二人で静かに眠る墓石に、あの頃と同じつる草が絡み、古い土の
においが五感のすべてにインプットされていたものを呼び戻す。
ぼんやりとだが、歯を食いしばって生きていた時代、その一生懸命さがいまは懐かしい。





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